カナダワーキングホリデー留学センター「カナダガイダンス」
-カナダ留学センター-
-バンクーバー情報-
-留学ワーホリリンク-
--エッセイ--
--その他サービス--
ホーム>カナダ旅行記・体験記>Yukiの体験記

カナダ・オーストラリア体験記:留学カウンセラーYukiがカナダとオーストラリア比較


留学生、ワーキングホリデーでオーストラリアかカナダか、どちらにしようか迷っておられる人にアドバイスします。 私がオーストラリアとカナダの二つの国に住んで、学校に通っていましたのでその内情を熟知しています。

下記のトピックにジャンプ出来ます。

英語の訛り
学校
食べ物
日本人観
英国共同体Commonwealth

・白人主義
物価
住みやすさ
危険な生き物

英語の訛り

オーストラリアに居た時、私のいた現地の高校にカナダ人の先生が臨時にクラスに教えに来てくれました。 その時、カナダ人とはこんなに英語が訛っているものかと驚きました。授業の後、オーストラリア人の級友と大笑いになりました。 とにかく発音がとっても変だったのです。しかし、バンクーバーにいてオーストラリアで撮ったテレビのコマーシャルをビデオで見返しますと、 なんてズーズー弁なんだろうと、逆に笑ってしまいます。オーストラリアの英語は19世紀の大英帝国のロンドンの下町なまりがフリーズ凍った 状態なのです。地理的に孤立したオーストラリアでは英語が化石化していると言ったらオ−ストラリアの友人は気を悪くするかもしれませんが。 それに比べてカナダ英語は米国英語の影響を受けています。

個人的な意見ですが、英語を学ぶのには、発音上オーストラリアとカナダでは、カナダのほうがいいと思います。バンクーバーの 50キロ南に国境がある米国の影響を受けてロンドンなまりがカナダでは消滅しています。もともとはこちらもズーズー弁でしたが。

上に戻る

学校

カナダの中学校、高校では科目毎に飛び級できます。例えば高校1年生で高校3年生の数学を取る事が出来ます。 しかしオーストラリアでは学年を飛び級する事は出来ますが特定の科目だけ上がることは出来ません。その点ではカナダの方が柔軟性があります。

カナダの中学高校ではクラス学級というものがありません。先生が教室に来ずに、生徒が自分の選んだ教室に行きます。 ですから同級生と言うものがありませんから、友人を作るためには何かのクラブに属さなければなりません。

オーストラリアではサマースクールがありませんでしたが、カナダではあります。目的は落第生の同一科目のやり直しと、優秀な生徒の科目稼ぎです。 くどく説明しますと、自分が例えば数学11年のコースを落第してもう一回取り直さないと駄目な人、化学12年のコースを先取りして 先に終わらせてしまいたい人が行って夏の間授業を受ける事が出来るのです。

オーストラリアでは州ごとに小学校の終了年数が違うのです。クインズランド州(ブリスベン、ゴールドコーストなどがある) では小学校は7年生までです。片やニューサウスウェールズ州(シドニーがある)では日本と同じ、小学校は6年生まででした。 カナダではブリティッシュコロンビア州では高校は12年生までですがオンタリオ州では13年生まででした(来年からは13年生はなくなります。 つまり、今年は最後の13年生と12年生が一緒に卒業するので大学に半分の卒業生がいけない、といってオンタリオ州では騒いでいました。)

オーストラリア中学高校にはイギリスのハリーポッターの学校と同じようにハウスHouseのシステムがあります。これは、日本には無い学校内の制度です。 1つのハウス内に3年生2年生1年生が属します。先生もどこかのハウスに属しています。運動会の時、各ハウスが競い合います。 また、ハウスの中では先輩が後輩を指導します。先生はカウンセラーになります。日本の同一学年の中のクラスにたいして、年齢を縦にして 3年生が2年生1年生の面倒を見るシステムです。しかしカナダの中学高校ではこのシステムを持ちません。つまりオーストラリアの方が 英国文化を濃密に未だに保持しているということでしょうか。生徒から見ますとハウスがある方が先輩後輩を実感できます。ハウスがないと 一人ポッチの孤独を感じる反面、学校のずる休み、遅刻してもだれも文句を言いません。貴方はどちらがよいですか?

上に戻る

食べ物

オーストラリアではブレックファースト、モーニングティー、ランチ、アフタヌーンティー、ディナー、サパーと食べようと思えば一日に六回食べる 機会があります。とにかく英国の中産階級の生活習慣が南半球の白人天国でコピーされているのです。いまでも普通の会社で、この制度がゆるされています。 会社の中でお茶を二回15分ずつ飲んで、ランチに30分使用するのです。カナダではこんな事は聞いた事がありません。

オーストラリアのベジマイト(真っ黒なペースト、塩辛くパンに塗って食べる食べ物)は日本人で美味しいと言う人はまず絶無です。 片やオーストラリア人は刺身や江戸前をほとんど食べません。気持ち悪いそうです。日本レストランにオーストラリア人はあまり行きません。 カナダ人アメリカ人は日本レストランに押し寄せています。ただそれらのお店のオーナーは韓国人か中国人ですが。カナダ人はあきらかに日本人慣れ しています。こちらでは日本人レストランが多く、カナダ人が客のほとんど、という店もあります。カナダ人は寿司が大好きです。 パーティーに寿司を持っていくと、もう大喜びします。オーストラリア人はカナダ人に比べるとまだ日本食の美味しさが分かっていないのでは ないでしょうか。

オーストラリアで一度、文化体験、と言うことで私が通っていた小学校から遠足で日本レストランに行きました。出てきたものは、 ランチセットでご飯、お味噌汁、焼肉などでした。皆、日本食は始めてだったようです。焼肉は喜んで食べていましたが、お味噌汁は駄目でした。 クラスメートのスーザンが皆に、私がチャレンジして食べてみる、と宣言して一気に飲み込んだのはいいのですが、やはり慣れず苦しくなり、 後が大変でした。トイレに飛んで行きました。一度、あなたはどうして魚、特に刺身みたいな物を生で食べるの?気持ち悪い!と言われました。 私は、そっちこそ牛をレアで食べるでしょう、と言うと牛はそうやって食べるのがおいしいんだよ、と言われました。

上に戻る

日本人観

オーストラリアの首都、キャンベラに小学校7年生(クイーンズランドでは小学校です)の修学旅行で日本の兵隊の墓に連れてゆかれました。 場所はカウラと言うところでした。第二次世界大戦の終わりに数百人の日本人捕虜が収容所から大脱走を試みたのです。 ほとんどが機関銃で撃ち殺されました。何故そんな所へオーストラリアの小学生をわざわざ連れて行ったのか?理由はわかりません。

一番印象に残ったオーストラリア人の質問というと、あなたは、このゴールドコーストのビルを何軒所有しているの?というものでした。 1990年代の初め、ゴールドコーストはというと日本の会社が沢山ビルやゴルフ場やレストランや別荘を買いあさっていた時代でした。

日本人は嫌がられていました。真相は、1980年代、海外からとんでもない額の金が日本を目指して流れ込んできました。 日本の円の価値が突然倍になったからです。外国から見ると、日本の株式の価値が倍になりました。殺到した金の処理に困った銀行は強制的に 取引企業の口座に金を割り当て、振り込みました。振り込まれた会社の社長は、その処理に困って振り込んできた銀行に使い道を相談しました。 そこで銀行はゴールドコーストの売りに出されたレストランや別荘を捜して来て買わせました。ひどい場合はグレートバリアリーフのさんご礁まで 買った会社がありました。そこの社長が言いました。近くに国際空港があったらなあと。目的があって買うのではなく、買いたくも無い不動産物件を 銀行が紹介しただけで自分の名義をつけてもらって、利息を支払うのです。

私の弟は、そういえば自分も難しい質問をされた事がある、と言っていました。「今度、日本とオーストラリアが戦争になった時どちらに味方するの」、 と訊かれたそうです。弟は僕はスイスの側につくと言って相手を煙にまきました。スイスは中立国なので弟はどちらにも味方しないと言った意味で 言ったのですが、相手にその知識が有ったかどうか。今でもオーストラリア人の心の中に、ガナルカナル島の戦闘、グレートバリアリーフ海戦で 日本人が武器を持って押しかけて来た事を恐怖心を持って覚えています。ですからブリスベンの戦争博物館に1945年8月15日の新聞が透明な プラスチックでカバーされて訪問者が閲覧出来る様に机の上に置いてあります。日本が戦争に敗れてホッとしています。

私が受けた印象は、オーストラリア人は、どこか日本人が侵略者だ、と思う意識をなかなか捨てられないものだ、というものでした。

でも、みんながそういう考え方、と言う訳でもありません。私が中学校のクラスメートに、日本人は侵略してオーストラリア人の土地を どんどん奪っていっている、と言われたときに、私の横に居た別の友達が、そんな事ないでしょ、私達、オーストラリア人もアボリジニ(原住民)を 沢山殺したのよ、と反論したのです。

オーストラリアにとって日本人はなくてはならないものです。日本人観光客による収入がとても大きいのです。もしかすると、 オーストラリアの外貨の獲得の首位かもしれません。だから、観光業に従事するオーストラリア人はニコニコして寄って来ます。残念ながら、 そのニコニコしているのを、オージーはフレンドリーだ、と勘違いしてしまう日本人がいます。実は1965年までオーストラリアは白豪主義でした。 

一方カナダ人は日本人との付き合いは100年になろうとしています。日本人はシャケ取りの漁民としてバンクーバー市の南ステイーブストンに 漁船を持って一大勢力を誇っていました。しかし、1941年の日米戦争の時全ての財産を没収されて、東部の強制収容所に放り込まれました。その結果、 日本人町は壊滅してしまいました。いまだに、日本人町はカナダにはありません。

オーストラリア人がアジア人好きか嫌いかすぐわかりました。例えば、店のカウンターに行ってこれを下さい、と言っても知らんふりをされました。 目もあわせてくれません。露骨にキライダと言う意思表示をしました。人種問題は人類永遠の問題の様です。ただカナダの学校にいる間は、 他民族国家だけあって私が外人であると言う意識はありませんでした。

上に戻る

英語共同体Commonwealth

カナダはオーストラリアと同じく英国共同体の一員です。Commonwealthと呼ばれています。でも、、カナダはアメリカ風で、オーストラリアは イギリス風です。カナダは、いつもアメリカのホワイトハウスや大統領の事を新聞テレビで報道しますが、オーストラリアではいつもイギリスの王室や 女王、皇太子の事を報道します。国旗を見てください、かつてカナダの国旗の中にも英国国旗がその一部として描かれていましたが、それを廃止して、 今は真っ赤なもみじの葉っぱが描かれてあるだけです。このもみじを英国女王の王冠のシンボルと見るか、単なるもみじの葉っぱであるカナダの大自然の 豊かな国土のシンボルと見るかで意味が変わってきます。オーストラリアもカナダが国旗を変更した時自分達も変更の検討しましたが、結局しませんでした。 オーストラリアの国旗は英国国旗に南十字星をプラスしたものです。つまりそれは南半球の英国と言う意味です。田舎に愛国心ありと言うコトワザがあります。 まさにオーストラリアに当てはまります。

1776年までアメリカは英国の監獄島でした。しかし独立したので仕方なく諦め、オーストラリアを第二の監獄島としました。何故囚人を英国内の 刑務所に入れずに、遠い監獄島に放り込んだのか?18世紀の英国の医学の通説として、犯罪者というものは遺伝だから矯正不可能である。 故に一切イギリス本国からライ病患者の様に隔離、絶滅することしか出来ないという考えを基本に法律を作ってそれを実行して来ました。 今、それが誤りだったことが分かっていますが、その当時は信じられて国家政策までそれを前提に作られていましたから、恐ろしいです。 私のお友達のスーザンは自分の系図を小学校に持ってきて、私の先祖はパンを一切れ盗んでオーストラリアに囚人として送られてきたのよ、と自慢げに 言っていました。それにしてもパン一切れですよ。かわいそうに。国家と言うものは、法律と言うものはコワイのです。今でも、ロンドン警視庁の記録所に 行けばどんな犯罪で遠島になったか文書が保管されているそうです。この事プラス、帝国主義時代英国の敵国、フランスとドイツがオーストラリアを 狙っていましたので、人口増加をはかる為に、必要以上に英国人を送ったとも言われています。送られた囚人は絶望して自殺するか、サトウキビから 取れるラム酒をがぶ飲みしたそうです。今でもオーストラリアは砂糖とラム酒の産地です。

上に戻る

白人主義

私はオーストラリアで差別された事を忘れてはいません。小学校の通学バスに乗っていた時も普通に座っていたらよその学校の子から唾を後ろから 首にはかれました。振り向いたら顔に今度は唾をはかれるだろう、と予測したので振り向かないで相手にしない事にしたら、その後は何もおこりませんでした。 こういう時は、相手にしないのが一番です。だって、怒ったら面白がってもっとつけこんできますから。怒ってもまわりはみんなオーストラリア人だし、 まあ見知らぬアジア人に味方になってくれる人は少ないでしょう。ある時はスパゲッティサンドウィッチが飛んできて私の学校のスポーツの制服が台無しに なってしまいました。

こういうことが小学生の時からあったので差別や世の中の悪い事に敏感になったと思います。でも、ただ差別されて悔しがっているか、というと そうでもありません。後で考えてみると、差別は差別でいい経験になったと肯定的に考えるようにしています。もう、あんな思いはしたくありませんけど。 多分、私が日本でずっと暮らしていたらきっと世の中にそういう事が実際にあるものだ、という事がわからずじまいだったんじゃないでしょうか。 逆にこういう事があったから自分は日本人だ、という事を強く意識するようになりました。映画をみる時も黒人が差別されている所なんかが映されていると、 自分の経験を思い出して痛いほどよくわかるんです。でも、オーストラリアが嫌いな訳でもありません。私にとても親切にしてくれたオーストラリア人たちも 沢山います。私が言いたいのは、オーストラリアでは素晴らしい出会いも期待出来るけれど、勿論、差別されて辛い経験もありうるんだよ、 という事です。

カナダの中学校のトイレに落書きがありました。中国人は空間を占めているだけの存在だとありました。つまり役立たずと白人が書いたのです。

上に戻る

物価

カナダよりオーストラリアのほうが物価が安いです。日本からオーストラリアに行ったとき、すごい物価が安いな、 と思っていたのですが、カナダにオーストラリアから来たとき、カナダの物価はまあなんて高いんだろう、と思いました。日本円からカナダドル、 あるいはオーストラリアドルに交換する率はほとんど変わりません。しかし、物価水準から言いますと、絶対オーストラリアの方が物が安くて住み易いのです。 100ドルを持ってスーパーマーケットに食料品を買いに行けばわかります。

上に戻る

住みやすさ

オーストラリアはお年寄りのリタイアした人には多分良い所です。しかし、若い人には刺激が無くて退屈かな?と思います。 人口がたった2000万人弱。国土の広さは日本の21倍。競争のほとんど無い空間。世界で二番目に古い岩盤の大陸。火山無し、地震なし。 レストランに酒屋で買ったビールやワインを持ち込める呑み助には天国。さらに白人天国。中国人華僑も少なく、チャイナタウンはどの町も貧弱です。 黄色人種、黒人を極力入れないようにしている様に見えます。

カナダは居住場所としては日本人にとっては非常に住みやすい所です。大自然の中に都市があります。森と海と湖の中に動物や 鳥達と共に生活できます。人口も3000万人。国土は日本の27倍もあります。しかも米国の都市に2〜3時間の飛行時間で行ける便利さです。 バンクーバーのダウンタウンの建物は1970年代以降に建てられた新しいものです。米国の都市に比べますとズッと美しいです。スーパーで 並べられているいるものはカナダ製とアメリカ製がゴッチャになっています。つまり衣食住はアメリカと変わりませんが、人口密度が低いだけ 住みやすいのです。

上に戻る

危険な生き物

オーストラリアの北のクインズランド州にあるブリスベン、ゴールドコーストは亜熱帯です。背中に赤い漢字の川模様を持つ黒い毒蜘蛛がいます。 1センチぐらいの小さな奴です。動きの鈍い奴で簡単に踏んづける事ができます。しかし、赤ん坊がかまれますと毒が強くて死にます。寝る前に、 上フトンをはいで、居ない事を確かめる必要があります。私達は被害にあった事はありませんが。

他にヤモリがいます。小さいヤモリがよく部屋に入ってきたのを覚えています。ある日、私は自分の部屋で高校の宿題をしていて ふと、目の端でなんか動いたかな?と右をむいたら小さいヤモリが私の方をじっと見ていたのです。私はヤモリが大嫌いなので悲鳴をあげて 母に取ってくれるように頼みました。母も腰が抜けてしまって働いている父に電話をわざわざかけて大騒ぎになった事があります。 家の小さい隙間から入ってくるのですね。今でもヤモリの事を考えると急にクインズランド州に行く気がなくなります。 でも、亜熱帯ですからケアンズに行った時ワニをワニ園に見に行く事が出来ました。そこのワニ園はその後すぐに閉鎖になりました。 続けて二人の飼育係りが二人腕を食べられたのです。ケアンズの周りではワニは川にいますので水泳をする事ができません。

オーストラリアはウサギが多かったのです。夜中に車の運転練習に人の少ない野原の所に行くとヘッドライトの光が反射して何か二つの目が 光っているのです。無数のウサギがいました。面白いので車で追っかけまわしてしまった事があります。今となってはいい思い出です。 農民とウサギが大戦争しているのがオーストラリアです。農民がウサギを防ぐ壁を作るスピードよりウサギの繁殖率のスピードの方が速いようです。 作物を食い荒らされています。肉屋さんにウサギの肉をうっています。私はかわいそうなので食べませんでした。

バンクーバーにはトカゲがいません。そのかわりアライグマやリス、クマがいます。弟が高校のクロスカントリートレイニングの 為に高校の周りを走る予定だったのに、警察から熊が出たから今日は中止となったと言う事がありました。それに、私が車で山に近い住宅地をゆっくり 走っていると、黒い小さい熊が歩道を歩いていたのです。熊が庭を通ったある家のベランダにいた犬は吠えもせず怖がってじっと見ていました。

家の裏庭によくアライグマが来ました。最初はえさをやったりした事がありました。野生のはずなのに人懐っこくて、 家に入れてやろうと思ったりもしました。しかし、入れなくてよかったのです。私の学校の先生がアライグマの死体に触れて死んだのです。 多分ばい菌がついていたのでしょう。それからはアライグマは遠くからみても絶対近づかない様にしています。

有名なバンクーバーのスタンレーパークでアライグマを見かけても外見はかわいく見えますが気を付けたい物です。

カナダのバンクーバーではたいがいの家ではゴキブリがいません。それに反して、オーストラリアのゴキブリは大きくて、向かってきます。 ゴキブリが嫌いな人はカナダにおいで下さい。

上に戻る

(c) 2001 2006 カナダワーキングホリデー留学センターCanada Guidance. All Rights Reserved. Reproduction without Permission Prohibited.