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カナダ・アメリカ旅行記:宮原直美さん19歳の北米一周の旅


カナダ・アメリカ旅行記:宮原直美さん19歳の北米一周の旅

北米大陸を1ヶ月間周遊パスを使って一人ぼっちの旅をされた涙と笑いの青春日記!英語学校で学んだ英語を実際に使って大成功。 英会話に大きな自信を獲得。沢山の人々との出会いから多くの事を学び人間として大きくなってバンクーバーに帰ってこられました。 カナダ・アメリカの旅行記を19歳の少女が書きました。あなたもカナダ・アメリカを旅行しませんか? ホーム


6月4日


いよいよ、カナダ&USの旅への始まりだ。初めての一人旅で不安も一杯だけど、これから1ヶ月で体験すること、 そして窓から見える素晴らしい景色に勇気づけられ、何とか無事、のりきろう。まずは今日から丸三日間くらいトロントまで列車の中。

次から次に違った景色が見れて、こりゃ、寝るのがもったいない!!

一瞬でも目をそらしたくないって気にさせてくれる景色。

6月5日


今私はこの広いとてつもなく広い自然の中にいる。こうしてこの世の中に生きていられる事だけを感謝して。

6月6日


今日も私の空腹の為に起きた。列車の中の人たちはみんな親切だ。長い時間一緒に過ごすってこともあって自然とそうなっていくんだね。 なかなかうまく会話をしていくことができない。

ウイニペッグといったら私の大好きなクマのぷーさんの出身地。ワクワクしながら駅をおりてみたけど、そこにはプーさんらしきものは 何一つ見当たらなかった。もっともっと森の中にいるんだ。

6月7日


ウイニペッグから交代で乗って来たアテンダントの人がなかなか親切そうな人だ。会うたびに白い歯を見せながら笑顔をくれる。 でもちょっとオカマっぽいのが気になる。

後ろの席には日本から留学してて友達と2人で旅行しているという女性がいた。私のこれからの旅の計画を話したら、すごい勢いで驚いていた。 久しぶり日本語で会話が出来て少しだけど心のほうも和んだ。

ずっと食べたかったリンゴの山済みがフロントのカウンターで発見。もうこれは食べるしかない!!と思って頑張ってきいてみたら、 「ただだからもってっていいわよ。」という嬉しい一言。もうトロント最高。

6月8日


目覚めのコーヒーもまたまた美味しく飲めた。こんな優雅なたびでいいんだろうか。これに慣れると後で痛い目見るから気をつけよう。

バンクーバーのダウンタウンとは比べものにならないほどの大きさでしばらくの間オドオドしてばかりだった。 今までいろんなタイプのホテルに泊まってきたけどユースホステルは一度もない。わたしの泊まったのは4人部屋だった。行って見るとまだ一人の女性しか いなかった。名前はクリスティ―ナ。ちょっと怖そうに見えたけど私の勘違いだったらしくとても親切で、いろんなことを教えてくれた。

ひょんな事から一人で来てた韓国の女の人と出会った。留学で来て間もないらしい。名前も知らないその人と大騒ぎしながら CNタワーを楽しんだ。今、私は信じられないくらい満足している。一人旅って孤独との戦いってとこもあるけど、その先には必ず素敵な出会いが あるんだと思う。この充実感は今までに味わったことの無いものであり、改めてこの旅の素晴らしさを教えてくれた。いま、私は人生の中で 貴重な体験をしているのだ。

6月9日


ついにこの日が来た。夢にまで見たナイアガラの滝。昨日の夜は興奮のため、なかなか眠れなかった。クリスティ―ナがわざわざバスターミナルまでの 行き方を教える為に一緒にきてくれ、なんとか無事バスに乗り込んだ。やっぱりすごかった!!!言葉に出来ないほどの迫力。

水しぶきに備える為ポンチョをかぶりいよいよ滝へ接近。そこは想像いじょうの水しぶきと風の強さで、思わず私も叫んでしまった。そしてカナダ側の 滝に着いた時私の目から自然と涙がこぼれた。顔にかかった水しぶきと一緒にわたしのほうを濡らした。

6月10日


朝早くの出発だった為クリスティ―ナにお別れが言えなかったことが心残りだが、寝ている彼女の夢の中でちゃんと「THANK YOU」と言えてるといいなあ。

さっき席を変わってあげた老夫婦の方が二人が読みおえた大量の新聞を私にくれた。ほんとに大量。わたしならこれだけあったら軽く5時間は 過ごせそう。

モントリオールの駅に着いたはいいが、どこを見てもフランス語。標識も通りの名前も全てフレンチ。気持ちが沈んでたわたしにとって この街はほんとに異国のように感じた。

店員さんが「ボンジュール」と声をかけてきた。私も少しためらった後、笑顔で「ボンジュール」と返した。なんとなく恥ずかしくて、 変な感じだった。

6月11日


旅が始まって以来、初めての雨降り。観光バスに乗り込むと皆家族で来たり、夫婦できたりと、とても楽しそうだった。それを見ているうちに 2人がけの席に1人で座っている自分が場違いのような気がして来てしまい悲しくなった。

モントリオールのノートルダム聖堂の見学が終わりバスに戻ると、白人女性が私に「となりのに座ってもいいかしら?」と聞いてきた。 私はなんのためらいも無く、「もちろん」と答えた。さっきまで、私の隣の席には誰もいなく、小さなリュックがその席を占領してた。 でも今は新しい友達が座ってる。

彼女は明日ノバスコシアへ向かって出発する。そして私はケベックへ。気がつくとアンとの出会いがあったこの街モントリオールを 私は好きになっていた。

6月12日


国旗だけはカナダだが、ケベック市にはカナダの気配など全くなかった。その時点で自分が街のどこにいるのかも分からなかった。 ポリスみたいな人が二人ビルの前に立っていた。これはもう聞くしかないと思い尋ねてみると、彼らは英語が全く話せなかった。 ならばお店の人なら大丈夫だと思い少し歩きコンビニみたいな所に入った。レジには若いお兄ちゃん。これはイケル!!と思い聞くと、 これまたフレンチのみ。一体ここはどうなってるんだーと、一人で心の中で叫んだ。

片言の英語とわけのわからない日本語を話すお兄さんだった。どうやら自分の家に$5で泊めてあげると言うのだ。いきなり言われて 疑うしかない。とりあえず家のなかを見てからきめなよと言われ、半強制的につれて行かれた。家へ行くと、今まで来た日本の子の写真を見せてくれ、 自分は悪い人ではないといった。「僕は家の中ではいつもヌードなんだ。」さわやかな顔をしてサラリと言った。へ??私の頭は一瞬真っ白になった。 よく見ると写真の彼は一枚も服を着ていない。いきなり彼が脱ぎ始めた。一度見ちゃえば君も慣れるからと言いながら。本音を言うと 私も少しは興味があったが、ずっと下を向き早く服をきてくれと必死に訴えたら、ようやく諦めたらしく服を着てくれた。

6月14日


今までの中で一番速かった起床時間 4時30分。今日はモントリオール経由で「あの、ニューヨーク」への移動があった為だった。 朝焼けに染まるケベックの町はまた違った美しさで、私も夢中でシャッターを切った。

モントリオールに着き、その足ですぐニューヨーク行きの列車に乗り換えた。アムトラックに初乗車だ。ドキドキわくわくしながら列へ並んだ。 すると、ちょうど私の前に日本の女性らしき人も並んでいた。ニューヨークのお友達の所へ遊びにゆくそうだ。

列車はニューヨークに着いて不安も一杯だったが興味も一杯で興奮していた。いつもはテレビでしか見た事が無かったあの都市を、 自由の女神をこの目で見るときが来たんだと考えると胸が躍った。まさに「ニューヨークへ行きたいかーーー?」「オーーー」の世界。

ホテルフロントのお兄さんは少し怖そうだった。部屋もせまかったが、この大都市ニューヨークでこれだけのロケーションの良さと値段なら 納得するしかない。まる一日の列車の移動でもうクタクタ。

6月15日


そこは人、ひと、ヒトでごったがえし、高層ビルばかりで、見るからに忙しそうな都市だった。それでも、負けるものかと私も波に遅れないように 頑張って歩いた。あのニューヨークの顔であるエンパイアステートビルに行った。はりきりすぎたせいか、歩き出した方向は目的地とは全く逆方向。 よく見ると私が歩いてきた方向に高く豪快にそびえたつビルがあるじゃないか。バンクーバーでゆっくりペースで暮らしてきた私にはニューヨークは なかなか馴染めなかった。でも、高くから見下ろすニューヨークシティはまた違った魅力があった。

ミュージカル「Beauty and The Beast」は初めから終わりまでまばたきを忘れてしまうくらい感動的だった。音楽、おどり、道具、全ての点で その迫力や美しさは見事な物だった。シアターにいる間だけは、私もお金持ちの婦人になれたかの気分だった。決して服装はそうではなかったが。 ミュージカルが終わったら例のスタンドオベーション。私もその一人として、大きな拍手を送った。そして私の目から涙があふれた。これが本物のすごさ なんだと改めて思い知らされた。なんだかこの街のトリコになってしまった。あの朝までの臆病者の私はどこへ?といった感じだ。明日は自由の女神に 会って来ます。待ちに待った初対面。今から興奮してなかなか寝つけない。今まで頭の中で見てきたことが一つ一つ現実になっていく事が何とも言えない 感情を引き起こす。

6月16日


この日をどんなに夢見たことか?昨日とうって変わって晴天。絶好の女神日和。そんな事でフェリーに乗り、直ぐに海の向こうに見えた彼女の姿だ。 真っ直ぐ空に向かって立つ彼女の姿は本当に何か訴えかけてくるような堂々とした姿だった。テレビのスクリーンで見るのとは大違いだ。 何度見ても最初に見た時の感動がよみがえってくる。色んな角度からシャッターを切った。

"September 11"と言ったらあのWTCワールド トレード センターだ。今はグラウンドゼロと言う名で 呼ばれている。私にとってここを訪れようかどうしようかとても悩んだ。あのすさまじい事件があった現場を見ることを心のどこかで恐れていた。 初めその現場を目にした時、何ともいえない感情が押し寄せてきた。ここにはかって空高くそびえたつ世界の中心でもあるビルがあり、そして多くの人々が 精一杯働いていたのだった。今は何もない。ガレキの中に鉄骨で作られた十字架。さすがにその現場を写真に撮る事は出来なかった。

6月17日


ニューヨーク滞在もあっという間に終わってしまい今は次の目的地であるワシントンDC行きの電車に乗るために駅で おとなしく待っている。どうもニューヨークにすみたいとは思えない。やっぱり雰囲気もどこか冷たい所がある。そんな中でも一つ嬉しかった事。 今日に限ってホテルのフロントのスタッフの人が違い、とても対応のいい人だった。チェックアウトをしてホテルを出るまで、何回も私にウインクを してくれた。しかも、びっくりした事に英語版の「ハム太郎」をみた。バンクーバーでは見たことがなく、とても感動してしまい、幸せな気分だった。

ワシントンDCのホテルはロケーションもいいし、値段もおてごろ。部屋もなかなかキレイだし、 フロントの人も親切だった。ここでは食事代をけずることで頑張った。日本に帰ったら一生懸命働いて親にお金返さなきゃ!

6月18日


朝起きて鏡に映った私を見てビックリ。ほっぺたが2倍くらいはれていた。疲れから歯ぐきにきたみたい。 こういう時一人旅で良かったとつくずく思う。誰にも見られる心配ないし。きっと栄養不足のせいもあるなと思い朝食は初めてホテルのレストランで食べた。 いつものベーグルと栄養を考えてバナナを一本食べた。ほんとに安上がりな女だね。

最後に見ておきたかった国会議事堂を見学した。そしたらいきなり大雨。おまけにカミナリつき。それ以来ずっと駅で待ちぼうけをくらってしまった。 体がすごくダルく熱があるみたいに体の節々が痛む。頭痛もする。こんな体調のまま車内一泊なんてどうなる事かと心配したが、予想は的中。でも乗って すぐイブを飲んだら体の痛みも治まった。このうちに早く寝てしまおう。


6月19日


駅に降りるとさすがはフロリダ州オーランド、温度もあがりじめじめした暑さ。ひとまずホテルへ行こうと駅から出てるシャトルバスを利用した。 行き先のホテルを告げるとなにやら怪しい行動。どうも場所が定かではないらしい。他のお客さんを送り届け、最後に私の番。ドライバーのアレックスが 言うには私のホテルからディズニ―へは遠い上に交通手段も何もないよとの事。出来れば他のホテルへ移った方がいいとも言われた。 それでも、もう予約しちゃてるし、どうしようかこまってたら、一緒に行って交渉してあげると言ってくれた。その結果、こんばんは もうキャンセルできないと言うことだったからしかたなく泊まる事にした。夕方、再びアレックスが電話をくれ、ちゃんと明日からの他のホテルを 見つけてくれた。このフロリダでも素敵な人に出会いました。

6月20日


最初に言っておこう今日と言う日ほどほんとに夢のような出会いがある日はないだろう。でも、たのしみである一方やっぱり一人という 孤独感があり気が重かった。うわさには聞いていたけど、改めてその広さに驚いた。なんたって全面積が山手線以上なのだから相当なものだ。 まず、初日は東京ディズニーランドと同じようなMagic Kingdomに行った。園内では皆が笑顔。私も負けずに楽しんだ。でも、やっぱりアトラクションを まったり、乗る時に「一人」って答えるのは辛かった。こんなとこ宮原三姉妹できたらきっと大盛り上がりだろうなって何度も思った。

勇気を振りしぼり声をかけたら、やっぱり日本人だった。彼女の名前はユカリ。日本の高校を出て大学はこちらに通っていて、 今はそれのインターンシップでディズニーのショップで働いているそうだ。私はそんな彼女がうらやましく、次々にいろんな質問をしまくった。 「今日は早く終わるからその後一緒に廻ろうよ」と言ってくれた。もう、私は夢のようで今まで心を覆っていた雲が一気に無くなり、まさに 今日の天気のように晴天へと変わっていった。年齢も一つ上と近いせいかとても話が合い、まるで昔からの友達のよう。ほんとに信じられなかった。 全てを一人で廻るはずだったディズニーワールドをこんな素敵な友達が出来何十倍も何百倍も楽しくなった。あの時諦めないで話しかけて良かったなと、 頑張ったわたしをほめてあげた。久しぶりに大騒ぎして、いっぱい歩いて疲れたけど気分は今までで一番最高。

6月21日


朝起きるとこれでもかって大雨とカミナリ。今日はユカリとアニマルキングダムに行く約束をしていたけど、 これじゃ無理かなとガッカリ。でも、その後なんとか出かける時には雨があがった。さっきまでとは打って変わって太陽が照りつける真夏。 この変わりようがフロリダの天気の特徴らしい。

6月24日


今までで一番ピンチに陥った日だ。いまこの日記をこうして列車の中でかけている事がまさに奇跡としか言いようがない。 事の始まりは昨日電話で予約しておいたタクシーが来なかった。前からの約束どおり、アレックスにピックアップに来て欲しいと電話した。 きちんと列車の発車時刻を告げアレックスは12時30分に迎えに行くといった。そして今日。時間になっても現れなかった。 1時を過ぎた頃一台のバンがホテルに入ってきた。やっと来たと安心した。やっぱりドライバーはアレックスでは無かった。 「まだピックアップに行くところがあるから」とサラリと言った。私は心配になり私の出発時刻の1時45分までに列車の駅に着くかと尋ねると 「無理だよ」と一言。それでも私は何が何でもその列車に乗らないといけなかった。なぜならこれは大陸横断列車で週に3本しか走っていなかったからだ。 どうしてアレックスはこんないい加減なことをしたんだろう。でも落ち込んでいる場合ではなかった。

不安と悲しさで胸が痛かった。泣けそうだったけど、今はそんなことしている場合じゃないとグッとこらえて我慢した。するとちょうど一台の タクシーがお客を送ってきた。すぐ私はそのドライバーに駅まで行って欲しいと頼み、1時45分までにつけるかと聞くと難しいと言われた。 最後の頼みの綱がそれしか無かった私は、それでもいいから連れて行ってくれと頼んだ。

時計の針は数分過ぎていただけだったが、もうそこには列車の姿はなかった。わたしはもう言葉も出ずただ目の前にある現実を理解するのに精一杯だった。 乗り遅れてしまった。今まで我慢していた涙があふれだした。

するとドライバーさんはがすぐ、「バスをつかまえてやる。あのバスは次に止まるアムトラックの駅まで行ってくれるかもしれない」と言い、 駐車場にとまっていたバスドライバーさんに事情を説明すると、ちょうどそのバスはそこへ行くとの事。「もう大丈夫だ。君はちゃんと列車にのれるよ。」 と笑顔で言ってくれた。それを聞き今までの不安と列車に乗れると言う安心とこのドライバーさんの優しさとで私の涙は洪水のようにあふれた。

バスの中、止まらない涙をティッシュでふきながら、色々な事を考えた。駅まで連れて行ってくれるのはいいがどれ位かかるのか。 バス代は幾らなのか?さっきのタクシー代でほとんどお財布の中のお金は無い。そこはカードで払えるなら心配ないが。30分くらい走っただろうか、 バスは小さな駅に止まった。「さ、ここで君は列車にのれるよ。」とドライバーさん。バスを降り、お金を払おうとすると「代金はいいよ。気をつけてね。」 と言ってくれた。嬉しくてうれしくて、私はありったけの気持ちをこめて「ありがとう」と言い、握手をして、別れのハグをした。

6月26日


ちょうど隣の席に座っていた優しそうなおじさんと目が合った。それから色々話し始めた。 名前はスティーブン、ロスアンゼルスに住んでいて、なんと劇の脚本家をしているそうだ。会話はわたしのレベルに合わせてくれ、 とても簡単なものだったが、私も普通に話す事が出来た。私は英語圏の人達と話す時、いつもなぜか身構えてしまい、自分の英語に自信が無くなっていた。 でも、この頃はそれがだんだん無くなってきたように感じる。旅行中現地の人達と話す事が多かったおかげで今までよりリラックスして コミュニケーションが取れるようになってきた。突然砂漠の真ん中にトルネードが現れた。思わずシャッターを切った。うまく取れるといいけど。

「列車の食堂ってどんな風になっているか興味あるよね?今までに行った?」と聞いてきた。「興味があるけどお金が無くて.....」 「今晩は一緒に行ってみよう。」でもその時ほんとに持ち合わせのお金が$13くらいしかなくて、断りました。Don't Worry。なんとスティーブンが馳走してくれた。そこは列車の中にいることを忘れさせてくれる空間だった。人がいっぱいだったため相席になり 私達の前におばあちゃんと娘がすわった。娘さんがオーダーしたデザートのアイスクリームを私とスティーブンとで食べてくれと言ってくれた。 そのバニラアイスクリームは今までにたべたどのアイスクリームより美味しくて、めちゃめちゃ感動した。

どんなハプニングがあっても人との出会いがそれを素晴らしいものにしてくれるんだなと思った。へたな英語をほんとに真剣になって 聞いてくれた彼にとても感謝している。おかげで自分の英語にも自信がついたし、考え方を変えることが出来た。いくらへたな英語でも、 伝えたいというその気持ちが大切なのだ。同じ人間なのだから、いつかは気持ちが通じ会えるときが来る。 それを信じる事が前へ進む大きな一歩なのだ。

6月28日


なんて言ったらいいのだろうか?言葉が思いつかない。その時はただその自然の凄さに圧倒された。ついつい時間が過ぎずっと眺めてしまうくらいだった。 ガイドさんが言うにはグランドキャニオンをみる絶好の日というのは少し雲が出る日が一番なのだそうだ。雲の影がまたまた素敵な色をうつしだすんだって。 一人で見ている私の所へガイドさんはよくはなしかけに来てくれた。その心使いが又嬉しかった。

6月29日


早朝チェックアウトをする為ロビーへ降りてビックリ。こんな朝からもう皆ギャンブルをしていた。 チェックアウトを済ませて、バス停へ向かって歩き出すと、全てのホテルで同じ光景が。さすがはラスベガス。

7月1日


とても気さくで優しいおばあちゃん。名前はドリス。今までこうして現地人と一対一でゆっくりと会話をした事が バンクーバーではなかった様におもう。それがこの旅を始めて以来、そういったチャンスがいっぱいあり、英語でコミュニケーションをとる事の楽しさ、 素晴らしさを改めて知ったように思う。この列車に乗って胸に同じようなバッジをつけた人の団体をよく目にする。しかも、彼らは、突然輪になって 歌いだすのだった。よく見るとドリスも同じバッジをつけていた。聞いてみるとバーバーショップの人達が作っているSinging Groupなのらしい。私がとても感動していると、ドリスは「ナオミの為に私が仲間を集めてコンサートを開いてあげるわ。」と言ってくれた。 数分後私を呼びに来た。展望室に招待された。そこには、胸にバッジをつけたおじいさんおばあさんが私を待ち受けていた。 それは今までに聞いた事の無い、暖かく、心のこもった歌だった。私の為に開いてくれたその小さな小さなコンサートはこれまでの旅の終わりに 素敵な花をそえてくれた。思いがけない贈り物に胸がいっぱいで心から旅の素晴らしさを感じた。

列車はもう直ぐ最終駅シアトルへ到着する。残り一枚になったチケットを見て少し淋しいきもするが、それ以上にいままでの30日間で 得てきたものへの満足感は大きいものがある。

宮原直美さんの勇気と心にスタンドオベーションをささげます。

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